誰かのために生きる!麻央ちゃんは正に海老蔵さんのために生きた!

麻央ちゃんが人生最後の言葉を最愛の夫にかけた瞬間、海老蔵さんのファインダーに麻央ちゃんの面影が刻まれました。一方、麻央ちゃんの脳裏にもきちっと海老蔵さんの輪郭が焼きついたはず。お互いの涙がその鮮明さを遮ろうとしても、お互いの心の鏡がそれぞれの姿をより鮮烈に映し出しています!

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麻央ちゃんのブログは、海老蔵さんの力を借りて、言葉を変えて世界中に伝播する!

先日、海老蔵さんが麻央ちゃんのブログを英語表記に代えて改めて世に送り出していく作業に取り掛かかりました。

そこまではやり過ぎとか、もううんざりとか、確かに否定する向きも少なくありません。

でも自分には、少なくとも自分にとっては否定する気持ちなど生まれてこないのです。

麻央ちゃんの放ったいくつかのメッセージが心の何処かに静かにくすぶっていて、これをなんとかしなければ彼女のことを終われないという衝動に駆られているのではないでしょうか。

自分の中にもそういう部分があって、麻央ちゃんの素直で繊細でウィットに富んだメッセージをもっと俺なりに深掘りして新たなフィルターをかけて、世に送り出したいという衝動があります。

海老蔵さんは、たまたまそれを英語表記で全世界に伝えるという方法で、自らを納得させようと思ったのかもしれません。

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海老蔵さんに、これからは麻央の代わりを自分がする!と言わせた麻央ちゃんのポテンシャルはすごい!

誰かのために生きる。

海老蔵さんは、これまで以上に、このフレーズに突き動かされていると思います。

辛く短かった闘病生活。

それを明るく希望に満ちたものにしたのは、本人の努力もありましたが、間違いなく海老蔵さんの支えがあったから。

一秒物思いに耽ったら、深い闇にのめり込んでしまいそうな状況を家族みんなが明るく振る舞い、その暗さを置き去りにしてきた。

その余韻半ばで、麻央ちゃんはいなくなってしまったのです。

海老蔵さんには、麻央ちゃんの残像が今もくっきりと浮かんでくるでしょう。

この限られた時間で交わしていく相手の小さな表情も見逃したくない。

だから、男は突然、見舞いに来たくなるものなんです。

こんな風景がありました。


[出典:小林麻央オフィシャルブログKOKORO.2016-9-20『お見舞い』

海老蔵さんが突然麻央ちゃんを見舞ったのです。

何をするでもない。

どんな特別な言葉をかけるでもない。

時には何も語らずの時間があったかもしれない。

あるいは、ただ手だけを握りしめ、沈黙を守り続ける瞬間もあったかもしれない。

語り合ってしまえば、もちろんそのウエイトは話の内容にシフトしていくけど、沈黙している間はお互いの温もりだけが肌を通して伝わって来たりする。

そして、海老蔵さんは麻央ちゃんの笑顔をその時焼き付けました。

それが今の海老蔵さん発の新たなブログの原動力になってます。

きっとね。

で、海老蔵さん、こんな風に思いました。

麻央の満面の笑顔をその都度頭に焼き付ける。そして、何度目かに元気になってお互いの存在の有難さに感謝を込め、そこから引き出した麻央の笑顔を寸分違わぬ精度でトレースする。

俺はこの笑顔のためにこれから何度もここに戻ってくるのだ。(おしまい)

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