海老蔵 変えた小林麻央!現世・来世・再来世に渡る愛を誓う!

人の想いを受け継ぐ。そんなのは今どき流行らないのかもしれない。でも、大なり小なり自分の不徳により世から謗られようと、人として生まれて、己のルーツを辿ってみた時に、自分て人に周りに生かされてるとか、この人がいて初めて自分があるみたいな感覚に気づくことは往往にしてあります。だからこそ、大事なんです。誰かのために生きる、そしてその想いをしっかと受け継ぐことが。

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小林麻央は海老蔵にとっての妖精!役者としての未来を麻央のために語るとき!

役者を語る時、女遊びは芸の肥やしなどと公然と言われた影で、涙に暮れ悲嘆に暮れながら、光の当たる役者さんの埋め草たる役割を演じるしかなかった女たちがどれほどいたか。

海老蔵さんも、恐らくそういう道筋を付けた張本人のひとり。

これだけの才能と優れた容姿を持った男ならば、当然引き合いに出される女性は多いでしょうし、噂に違わず、いや噂以上に浮名を流した男性のひとりだったのではないでしょうか。

そういう人の手綱をしっかり締めた麻央ちゃん。

きっと麻央ちゃんにはそういう意識はひょっとしたらなかったかもしれません。

無意識下の意識で夫を良き方向へ導き得たのかも。

だからこそ、自分は麻央ちゃんを妖精と例えたのです。

ところで、海老蔵さん、麻央ちゃんと出会う前に、どんな浮名を流しどんな失態を演じたのか。

今回せっかくですから、オールラインナップをご紹介させて頂きます。

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悪童・海老蔵!波瀾万丈の女性遍歴に小林麻央、何を思う?

【 ① 日置明子さん 】

海老蔵さんが高校生の頃、4つ年上で歌手・モデルの日置明子さんと恋に落ちました。最初の出会いは日置さん21歳、海老蔵さん17歳の時だったといわれています。さすがにこの若さで海老蔵さんも結婚する意思はなかったようですが、今でも慰謝料を毎月100万円支払っているとかいないとか。で、麻央ちゃんの計らいで、現在も相互に行き来がなされているようです。良かったです。

<かつての日置さん>

<現在の日置さん>

こちらが注目を集めた隠し子会見です。

【 ② 米倉涼子さん 】

米倉さんとの出会いは、2003年の大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』での共演がきっかけです。海老蔵さんが宮本武蔵、米倉さんがおつうを演じています。物語の設定は米倉さん演じるおつうが、海老蔵さん扮する武蔵を恋い慕い、追って追って追いかけまくるという設定。こんな内容なら男女はどうしたってくっついちゃいますよねー。一時は結婚秒読みとまで噂されましたが、2005年春頃破局しました。母親の『米倉さんは派手で、梨園向きではない』との助言が、破局の一因という噂がありました。

【 ③ 佐藤江梨子 】

佐藤江梨子さんとは2006年10月にもんじゃ焼きデートの現場を目撃されたことで発覚しました。それぞれの会見でお互い仲良くさせて頂いてるとのコメントに結婚も噂されましたが、たった3ヶ月で破局に至ってしまいました。

【 ④ 高岡早紀さん 】

次が女優の高岡早紀さんとの噂です。2007年、佐藤江梨子さんとの破局から比較的すぐのことでした。公園での花見の現場をスクープされたようで、海老蔵さんは付き合っていたと思ってた節がありますが、高岡さんの方はただのお友達とあっさりしてたそうです。さすが高岡さん、『魔性の女』と言われるだけはあります!(笑)

【 ⑤ 宮沢りえさん 】

その次が、中村勘三郎さん(当時は勘九郎さん)と破局直後という噂のあった宮沢りえさんとの熱愛です。りえさんとは居酒屋デートが目撃され、熱愛報道になりましたが、当の海老蔵さん、そこの居酒屋店主に、『俺たち付き合うから!』と宣言していたとかいないとか。

【 ⑥ 河北麻友子さん 】

河北麻友子さんとは2009年に熱愛が報じられています。当時河北さんは17歳の未成年。海老蔵さんとは14歳の年の差カップルでした。食事デートが目撃されましたが、さすがに交際まではしていなかったようです。念のため。

【 ⑦ 川村ひかるさん 】

川村ひかるさんとは2009年、新宿二丁目のバーで一緒にいるところをスクープされました。ですが、真相は偶然居合わせたような雰囲気がありました。芸能人て、本当に大変ですよね。

【 ⑧ 朝倉彩音さん 】

次はセクシー女優の朝倉彩音さん。2009年に海老蔵さんからの猛烈アプローチによって交際に。つか、交際まではいかなかったという噂も。ただし、大人の関係ではあったようですが。

で、その後に、ようやく、小林麻央ちゃんが登場するという訳なのですが……

その前に、

【 ⑨ 暴行事件 】

とあるバーで、飲食中に暴行事件を誘引。元暴走族出身の男からの暴行を受け、左頬を陥没骨折、さらに前歯の損傷、鼻の腫れなど顔面全体に大ケガを負いました。その後示談が成立しました。

同行事件の記者会見です。

海老蔵さんの麻央ちゃんとのご結婚前の女性遍歴と失態はこんな感じです。

ここからようやく海老蔵さんと麻央ちゃんの結婚会見について触れることができます。

幸せいっぱいの二人の様子をどうぞ。

この会見の中で、「来世も再来世も一緒にいよう!」というプロポーズの言葉を海老蔵さんから貰ったと、麻央ちゃん、すごく嬉しそうに語ってくれています。

この時の「来世も再来世も」という言葉。

その後も海老蔵さん自身、被害者とはいえ暴行事件など起こしていることを考えると、結婚後であってもまだまだこの語彙に神通力はなく、結婚そのものに不安定な部分を感じざるを得ない状況でした。

そして、がんの告知を受けてから1年8ヶ月後に、記者会見で麻央ちゃんが深刻ながんに冒されていることを発表しました。

その時の映像です。

その後、麻央ちゃんは2016年9月1日に自身のブログを立ち上げたことを新たに公表したのです。

そこからほぼ10ヶ月という短い期間でしたが、麻央ちゃんのブログは、本当に周囲に光彩を放つほどの影響を与えました。

同じ病気を持つ人だけでなく、それに関わる全ての人、あるいは全く関係のない環境に属する人まで感銘を与え、あらゆる人の生きる希望になっていったのです。

でも、それらは本当は全て愛する海老蔵さんに向けられていました。

小林麻央 我が命の代わりに夫・海老蔵に捧ぐ!来世・再来世に繋ぐ万感の想い!

この来世も再来世もという言葉は、海老蔵さんの口から語られています。

それを聞いて会見でプロポーズを振り返った時の彼女の嬉しそうな笑顔がとても印象的でした。

逆説的に言えば、病がなければ、あの言葉は今ほど鮮烈な印象を与えることはなく、ひょっとしたら、二人は当たり前のように離婚して、永遠の愛など存在しない諦めを世間に知らしめるだけに終わったかもしれません。

病になったあの時から、海老蔵さんのプロポーズの言葉には、二人の共有した時間が積み重なり、二人の共に闘った闘病の記憶が重なり、全く違う響きを持ち始めたのだと自分は思っています。

「愛してる」

麻央ちゃんの最期の言葉は見事でした。

自分は彼女のことを『妖精』と例えました。

天が、海老蔵さんに成田屋の惣領としての使命を全うさせるために、あるいは、荒くれた男をいっぱしの男として世に送り出すために、麻央ちゃんという妖精を地上に下し、その役目が終わった時、惜しげも無く天に召し返した、そんな気がします。

そのために麻央ちゃんは現世に舞い降りてきた。

自分と海老蔵さんを来世・再来世へと繋ぐために。

だから今、海老蔵さんは誰かのために生きているのです。

かつては麻央ちゃんを治すために、今は子供達を立派に育てるために。

そして、海老蔵さんは、誰かの想いを繋ぎ、受け継ぐことの意味を、これまで以上に深く理解したに違いありません。

麻央ちゃんが34歳という短き命でこの世を去ったことの意味というのは、まさにそのためではなかったか。

そして妖精・麻央ちゃんは、今なお海老蔵さんのすぐ近くで、周りには見えないけれども、懸命に羽をはためかせ続けている。

そんな風に思ったりします。

麻央ちゃんのご冥福を心からお祈りいたします。

最後に海老蔵さんの魂の会見で締め括ります。(おしまい)

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