桐生祥秀 日本人初の9秒台!日本新記録に涙、涙、涙!

日本最速男・桐生祥秀がとうとうやってくれた!2017年9月9日、福井で開催された日本学生陸上対校選手権大会(日本インカレ)。とりわけ満を持した訳ではないこの大会で、あくまでも自然体で、野心を抱かず、あれよあれよという間に出してしまった9秒台。10秒01を出した2013年以来、周囲の9秒台への期待を一身に背負ってきたこの男。だからこそ、皆が祝福する値千金の記録なのである。


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桐生祥秀 初の公認記録の9秒台に歓喜!4年間思い続けた日本人の夢!

誰もが祈る瞬間だった。

走り終わった直後の計測は、9.99と示されていた。

それは奇しくも、かつての日本記録保持者・伊東浩司が疾走し10.00をたたき出した速報の記録と同じタイムであった。

桐生は、京都・洛南高校3年生だった2013年、日本歴代2位となる10秒01を記録し、高校生ながら一躍脚光を浴びるようになる。

そして、2015年にはアメリカ・テキサス州で開催された競技会で、追い風3・3メートルの参考記録ながら9秒87を出し、日本勢の悲願だった9秒台の期待を一気に引き寄せるに至る。

ところが、2017年8月に開催されたロンドンの世界選手権では、まさかの予選落ち。記録はおろか、トラックに立つことすらできなかった。

その鬱憤を晴らすかのような今回の力強い疾走!

まさに『上昇桐生』に相応しい見事な快走だった。

これまでの日本記録は、伊東浩司が98年に記録した10秒00で、世界記録は2009年にウサイン・ボルト(ジャマイカ)が記録した9秒58である。

ということで、まずは先人の偉大な記録の模様から。

19年前の伊東浩司の偉大な日本記録を映像で。

そしてウサイン・ボルトの世界記録の走りを。

桐生祥秀 日本人初の9秒台!夢の扉を開け、ライバルと共に新たな世界へ!

速報値が出てから、通常より少し長い時間がかかって出た正式タイム。

桐生は待ちきれなかった。

正式タイムを確認した瞬間、桐生は雄叫びにも似た絶叫を張り上げた。

「9秒98とで出た瞬間にテンションが上がった」という彼は、隣にいた後藤トレーナーと抱き合う。

この男が何度か流した涙のうち、最高の涙を、しかも大粒でこぼした瞬間であった。

併せて、やっと公認記録で日本人初の9秒台が出た瞬間でもある。

9月8日から福井市で開催された日本学生陸上対校選手権大会だったが、この大会に桐生は、記録については何の意識も持たないで臨んだ。

世界選手権後に左足に違和感が生じ、ろくろく練習も出来なかった今大会の彼の使命は、とにかく勝ちにこだわることである。

初日、桐生は4×100mリレーの予選でいい感じで手応えを掴んでいた。

100mは正直なところ、出るか出ないか迷っていたという。

だがリレーの手応えで軽快な疾走感を覚えた桐生は、大学最後のレースに賭けた。

確かに大学最後のレースに100mで勝ちたい思いは強かった。

と同時に、同じく勝負を賭けるなら、200mの方がベストな走りを見せれるかもしれない。

2日目の午前に行なわれた200m予選、100mと同じようにフワッとスタートしてから加速してトップに立った桐生。

この加速の感覚がその日、ピカイチに感じられたのであろう。

この瞬間に100mに全力を尽くすことを決意。

だが理由はそれだけではない。

やはり彼の持ち前の闘争心も手伝ったであろう。

そのターゲットは多田修平(関西学院大)だった。

彼もまた世界選手権に出場し、脚に違和感を覚えて自重気味だった桐生を尻目に、ユニバーシアードに出るなど、桐生よりもはるかに自分を追い込んでいたのだ。

そんな彼に触発された。

多田は100m予選ではラスト30mを流して10秒14を出し、桐生を凌いだ。

だからこそ桐生は、そんなライバルを抑えて優勝で飾りたいと、その時スプリンターの闘争心に火がついたのかもしれない。

とにかく自分の脚を信じて『肉離れしたらそれまで』という覚悟を持ってスタートを切ったと彼は言う。

風向きは追い風1.8m。

それは桐生にとってはまさに天佑。

絶妙な風速である。

これまで何度となく、向い風のアンラッキーに9秒台の夢を阻まれてきた。

だが、今回は自分の背中を天佑の追い風が後押ししてくれる。

彼の中で、あらゆる雑念が拡散されていった瞬間であった。

桐生は無の境地を手に入れた。

その時、桐生のスタートはリアクションタイムは0秒139。

飛び出しにつき、無類のキレを発揮した。

これまでの彼の走りは、スタートダッシュに全てを賭ける弾丸のような走りであったが、この時、彼のピッチは後半に程よく温存したリラックスさを、思う存分、蔵していた。

桐生の加速が後半から轟音のような鋭さを増す。

彼の背中を押し続けたのは、ピッチではなく、これまでにない広くキレのあるストライドだった。

その結果、従来よりも1歩少ない47.3歩で、あっと言うにゴールを駆け抜けていくことになる。

ライバル多田は、10秒07の自己新をマークする素晴らしい走りをしたが、桐生の加速はそれを遥かに上回った。

彼の意地が、ライバル多田を一蹴した。

その結果の、9.98だったのである。

彼は言う、

「『(9秒台を出すのが)俺じゃなくても誰でもいいや』と思った時点で、どんな勝負にもきっと負けてしまう、その気持ちはずっと持っていました」

と。

確かに日本人の初の9秒台の疾走ではあったが、世界から見れば、それは126人目の普通のことである。

いや、普通以下かもしれない。

だが、初めてその壁を破ったことの意義は大きい。

破ったその穴は最初のうちは確かに小さなものかもしれないが、やがて、その穴を我も我もとばかり、新たな息吹がねじ込んでいき、ついにはその穴を通ること自体が当たり前のようになっていく。

そうして、日本人の100mのレベルは当然のように上がっていくであろう。

だからこそ、意義が大きい。

レース後、桐生は、

「9秒台を出したからといって、僕の競技人生が終わるわけじゃないし、世界のファイナリストになるには持ちタイムが9秒台では普通なので、そのスタートラインにやっと立てたという感じ。これから先、もっとタイムが上がるように練習をしていきたい」

と語った。

桐生の背中を追っていく層は厚い。

山県亮太(自己記録10.03)、多田修平(10.07)飯塚翔太(10.08)だけではなく、世界選手権で勝負できる勇姿を見せたサニブラウン・ハキームや、ケンブリッジ飛鳥(ナイキ)などがいる。

桐生は、これからも彼らとの切磋琢磨により、より多くの可能性を自分に見出していくだろう。

ということで、彼の素晴らしい走りをご覧ください!(おしまい)

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