乙武洋匡 モラハラ発言!面倒見ないと訴えるぞ!に元夫人の怒り心頭!

身体障害者ながら、5人の愛人との不倫騒動の末、豪快な離婚活劇で締めくくった乙武洋匡氏。
その乙武氏に、結婚当時元夫人の仁美さんに相当なモラハラ発言をしていたという事実が浮かび上がっている。
作家、スポーツライター、タレント、小学校教諭と幅広い活躍をしていた乙武氏に何があったのか、その真相を探る。

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乙武最悪!障害者を隠れ蓑に善人ぶってやりたい放題か?

乙武氏の元夫人・仁美さんが弁護士を通じて東京地裁に訴えたのは、2017年8月4日の先日のこと。

あては2箇所である。

一つは乙武氏に対する精神的損害を受けたとする損害賠償を求めるもの、いま一つは乙武氏の当時の不倫相手に対する不貞行為を元にした損害賠償を求めるもの、この二つである。

2016年3月に「週刊新潮」のスッパ抜きにより、5人の愛人との不倫劇が公表された乙武氏。

当時、元夫人にとことん愛され、不倫報道の時にですら彼女が一緒に謝ったことは、鮮烈過ぎて記憶に新しいと思う。

だが、その仲睦まじい二人はその後急転直下、2016年9月、離婚という清算劇を余儀なくされた。

乙武氏はその後も言論活動を精力的に行なっている。

そこからほぼ一年弱という期間を経て、何故いま、乙武氏とまたその愛人を提訴する決意をしたのか。

そのきっかけは、2016年11月27日のフジテレビ系列のある番組に乙武氏が出演したことに起因している。

その直前の時期まで彼は不倫謹慎なるものをし活動を自粛していたが、その謹慎後に仁美さんからすると信じがたいセリフを言い放ったというのだ。

不倫発覚から離婚に至るまでの経緯について、

「まあ、私がしでかしたこと自体は、夫人はずっと前から知っていたことなので」

「離れたほうが子どもたちのためっていうのが、やっぱり大きかったのかなあ……」

仁美さんに怒りのスイッチが入ってしまったのは、今後離婚の理由を一切口にしないとの約束を交わしたのにもかかわらず、それを破り、しかもメディアで大々的に推測で物事を言い切ってしまったこと。

きっとその不協和音この方、悶々とした日々を彼女は過ごしたに違いなく、今回の提訴に踏み切るまで、実に8ヶ月以上の月日を費やしていることから見ても、彼女の中では相当悩みに悩んだのではないだろうか。

ここで二人のプロフィールをご紹介。

生年月日:1976年4月6日 (41歳)
学歴:早稲田大学
乙武 洋匡は、日本の文筆家、タレント、元NPO法人グリーンバード新宿代表、元東京都教育委員、元教職員、元スポーツライターである。東京都出身。身長107cm、体重38kg。

大学在学中に出版した『五体不満足』がベストセラーに。
卒業後はスポーツライターとして活躍。その後、教育に強い関心を抱き、新宿区教育委員会非常勤職員「子どもの生き方パートナー」、杉並区立杉並第四小学校教諭を経て、2013年2月には東京都教育委員に就任。
教員時代の経験をもとに書いた初の小説『だいじょうぶ3組』は映画化され、自身も出演。続編小説『ありがとう3組』も刊行された。おもな著書に『だから、僕は学校へ行く!』、『オトことば。』、『オトタケ先生の3つの授業』など。
2014年4月には、地域密着を目指すゴミ拾いNPO「グリーンバード新宿」を立ち上げ、代表に就任する。
2015年4月より政策研究大学院大学の修士課程にて公共政策を学ぶ。

[出典:乙武洋匡オフィシャルサイト

続いて仁美さん。
ちなみに仁美さんの写メは
とも言われていますし、
とも言われています。

旧姓: 川瀬仁美(かわせひとみ)
生年月日: 1979年◯◯月◯◯日 年齢38歳
出身地: 神奈川県鎌倉市
2016年9月に乙武氏と15年と6ヶ月の結婚生活に終止符を打った。

5人の女性との不倫発覚後、乙武氏はものすごい勢いで、メディアを通じて仁美さんに対する謝罪を行なっている。

[出展:フジテレビ ブログ ZOO

このたびは私の不徳の致すところにより、多くの方にご迷惑、ご心配をおかけして、たいへん申し訳ございません。
報道された私の行いは、これまで支えてきてくれた妻と、私を慕ってくださっている方々を裏切る行為であり、決して許されるものではありません。
以前より、妻には私のこれまでの行いを打ち明け、話し合いをしておりました。一生かかっても償いきれないほどの過ちであるにもかかわらず、妻は私を許し、やり直そうと言ってくれました。
「夫として、父として、もう一度、あなたを家族として迎え入れたい」と言ってくれた妻に、今度こそ応えたいと思っています。
失った信頼を回復するのは決してたやすいことではありませんが、いま一度、自分を見つめ直し、家族と向き合っていく所存です。 妻や妻のご両親、3人の子どもたちに心より謝罪し、またこれまでの仕事や活動のなかでお世話になっているみなさまに深くお詫び致します。

2016年 3月24日 乙武洋匡氏はこうした謝罪文を世間に向けて発している。

この間、乙武氏にまつわるスキャンダラスな記事が各方面を風靡していく。

20代後半の女性と共にチュニジアとパリをダミーまで設けて確信犯的に、不倫旅行したことが記事では暴露されており、さらに結婚生活の中で5人の女性と不倫関係を持ったことを自ら告白している。

彼の中では黙ってて後から後から出て来るよりも、自ら汚点の全てを明らかにした方が、男として潔いという計算かもしれない。

ちょうどこの頃、自民党から参院選に出馬するとの報道が日本中を驚かせた渦中であった。

そのタイミングでまさに週刊新潮によってスッパ抜かれた格好だが、彼の出馬を良しとしない勢力による策謀のような気もしないでもないが、それについては想像の域を出ない。

何れにしても、乙武氏くらいの才能の持ち主であれば、ほとぼりが冷めた頃にまた政治の世界へ動き出す可能性もあったりするので、やはりここは男として潔よくを選択した方が良かったのかもしれない。

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絶倫 乙武洋匡!5人も女をはべらしながら 夫人は介護要員扱い!

それにしても5人もの女性と不倫をしてしまうほどの絶倫さをどうやってこれまで内に秘めてきたのか。

日頃から有り余る才能を歯に衣着せぬ物言いやハードな下ネタで周りをあっと言わせてきた彼であったが、不倫と言っても彼の場合、両手両足がなく、男女の愛の営みをどうやって行なっていくのかという疑問か常につきまとう。

それゆえ、彼にまつわる不倫騒動は一種の滑稽さが付きまとう。

本当に、恋愛が成立するのか?という疑問である。

結婚というフレームに当てはめてしまえば、そうした愛の行為も、ある程度想像できるが、彼の場合、人目を偲ぶやり取りはほぼ不可能に思えるのである。

とすれば、相当な彼の協力者的な愛人でなければ、そうした営みは成立しないし、あるいは、チュニジア、パリへの旅行の時のダミーのように、手助けをしてくれるサポート役が存在したのかどうか。

とにかく、こうした悪条件を物ともせずに、1人であっても困難を極める不倫を、5人も重ねてきた乙武氏のバイタリティーは想像を超えるものがある。

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元夫人の逆鱗に触れた離婚理由の嘘の数々!痺れを切らして猛然と喝!

そんなことはさておき。

そうした世間を驚かせるバイタリティーも、それが内に向かえば、相当なエネルギーとなって、仁美さんを苦しめたに違いない。

それが、表題の乙武洋匡 モラハラ発言!面倒見ないと訴えるぞ!に元夫人の怒り心頭!である。

「週刊新潮」によると、乙武氏は離婚に際して、その経緯などを一切口外しないと取り決めた守秘義務に違反した上、それを「偽造」し、不貞行為でズタズタになった元夫人の心をさらに公に「蹂躙」したというのである。

不倫発覚後、さすがに女と遊び回ることができなくなった乙武氏は、自宅にこもったては友人を呼んでの宴席を繰り返し、耐えかねた夫人が控えて欲しいと言うと、「それなら、おまえの両親も呼ぶなよな」と逆切れしたという。

義父母を出入り禁止にして身の回りの世話を焼かせ、夫人が子どもを幼稚園の送迎バスに乗せるためにほんの数分離れただけで激怒し、こう言い放ったらしい。

「俺の面倒を見ないと、障害者虐待防止法で訴えるぞ」と。

甲斐甲斐しく彼の面倒を見てきた元夫人を介護要員としか見ていない最悪の物言いであろう。

彼の中では、『離婚したとしても、長年俺のことを好いて信頼していたのだから、ある程度のことなら、受け入れるだろう』との計算があったのかもしれない。

そう言った将来に向けた計算能力と頭の回転の速さに承服して、仁美さんは彼を生涯の伴侶と決心したのであろうが、今となってはそれが大いに裏目に出ている格好だ。

乙武氏は、こうして二度に渡り仁美さんを傷つけた。

仁美さんは決して、乙武氏のための礎ではない。

それを気づけなかった乙武氏が教職の現場で教鞭をとって、尤もらしい本をいくつも版を重ねている。

改めて不倫騒動の際、乙武氏は参院選出馬が取り沙汰されていた。もし、発覚しなければ、センセイとなっていたかも知れないのだ。

もちろん、世に聖人君主はいないのだが、最低限、約束を守り、人の気持ちが分かる人間でありたいものだ。(おしまい)

最後に乙武氏の華麗なる女性遍歴の写メを付してこの項を閉じる。

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