「たらればは無し」の人生!麻央ちゃんが我々に伝えること。

癌という病気に向き合うこと、それは死の淵にいる自分にどう生きる意味を与えていくかということ。そしてそこには必ず死から逆算して人生を考えていく過程も含まれ、後悔や不安、希望や絶望が明滅していきます。今回は、そんな麻央ちゃんの心の葛藤を綴っていきます。

スポンサーリンク



『ステージ4』

死の宣告にも等しい癌の進行状況を表す数値を目の前にして、世間は愕然としました。

麻央ちゃん、末期ガンじゃないか。。。

それは口で言うに憚られるほどの衝撃的な事実。

皆が一様に口を噤んでしまうような状況でした。

でもそこからなんです。

麻央ちゃんの癌に向き合う真摯な姿がブログで載せられるようになったのは。

こんな印象的な記事がありました。

私は、一般的には、
根治は難しい状態と言われる
かもしれません。

色々なこと、
真剣に、調べました。
なので、それだけ、
色々なことも分かっている
つもりです。

だからこそ、

「先生、私は治したいんです。
奇跡を起こしたいんです!!」

と言いました。

先生は、2、3秒、間をあけて、

「奇跡を起こすには、
着実な一歩一歩を踏むことです。
それなしに、奇跡は起こりません。」

と言いました。

私は、何度か転院しましたが、
先生に出会う前まで、

根治させたいなんて、
こんな状況では、言えない、
と思っていました。

でも、
ついに、心の声を、言えたのです!

大きく思える夢や目標も
抱くことはできる。

それを堂々と言うことも、
恥ずかしいことなんかではないと
思います。

前の私なら、
言えなかったことも
今は言えたりします。

私はステージ4だって
治したいです!!!

遠慮している暇なんて
ありません!!

だって、
先生にも
私は、奇跡を起こしたい患者なんだって
思っていてもらいたいです。

だから、
堂々と叫びます!

5年後も
10年後も生きたいのだーっ
あわよくば30年!
いや、40年!
50年は求めませんから。

だって
この世界に 生きてる って
本当に素晴らしいと、感じるから。

そのために
できることは
やる。

コツコツはカツコツ!

ぅわぁー、
私の苦手技だぁー

誰か助けてー!笑

[出典:小林麻央オフィシャルブログ「KOKORO.」2016.10.3『心の声』]

麻央ちゃんの不思議さは、天性と言えるほどのその明るさにあります。

不幸を不幸とも思わない、と言うか、不幸のパーツを分解して組み換えて、違う物質に転換してしまうような聡明さを持っています。

大きな夢だって、それを願ってみなければ何にも始まりません。

そんな大きな夢だって願うだけじゃ始まりません。

誰かに自分の目標はこうだ!と宣言して、追い込むことだって必要なんです。

最初の一歩を踏み出す勇気が、言葉が、何よりも大切なんです。

麻央ちゃんは、自分の行動に弾みをつけるようにそう決心しました。

スポンサーリンク



ブログでがんですと公表した麻央ちゃん、かわいそうのエネルギーを見事、生きる力に変えました!

麻央ちゃんにとっては、公表したことにより、世間から『かわいそう』と言う視線に晒されていくことになりました。

ここから麻央ちゃんの苦悩は深くなります。

がんの本質を調べるにつけ、またそれについての励ましの言葉を受けるにつけ、自分が本当にがんだと思い知らされることになります。

しかも、『ステージ4』の重症患者であると。

でも、負のエネルギーを自分の中で転換していかなければ、残していく者たちに、残すべきものを残すことすら出来ないかもしれないと、強烈に思ったでしょう。

でも、麻央ちゃんは、極力マイナス面を語らない。

自分をほんのりあたたかい陽だまりの中に置き続ける。

そんな麻央ちゃんの姿に思いあわせるのは、事態が悪化し、豪雨の前の空のように殷々として暗くなればなるほど、その密雲の上の固有の蒼天を思わせるような楽天性。

残していく者たちに寄せる、母としての強さ、妻としての愛らしさ、周囲に向ける感謝、これらが渾然一体となって静的な麻央ちゃんを強固に作り出していたんです。

そしてこの記事です。

癌の告知を受けて、
それを受け入れたとき、
ほっとした自分もいた。

その1年半の間は
とにかく身体が怠くて怠くて
1日1日が精一杯だったのだ。

「癌になるくらいの身体だったんだ」と
思ったとき、
その間の自分を初めて分かってあげられて、受け入れられて、
どこか、ほっとしたのだった。

今思えば、
もっと前から
癌にならないように努力できたことが
あったかもしれない。

主人が
私の身体のためにしてくれていた
助言にも、もっと耳を傾ければよかった。

でも、決して
何かに怠けていたわけではない。
あれがあの時の
私なりの精一杯だった。

だから、人生に「たられば」は無し。

[出典:小林麻央オフィシャルブログ「KOKORO.」2016.9.22『たらればは無し』]

おそらく人生は、選択の連続でしょう。

たらればの想像は、きっともう一方の選択を選んだらどうなっただろうの世界の話。

だからこそ、生きることってそもそも辛いんです。

生きるってことは生きるために何かの選択をし、その捨てざるを得なかったもう一方の選択に哀惜の念を投じ、気を取り直して生きていくこと。

その選択に誤りはあったかもしれないけど、後悔はない。

麻央ちゃんが、自分の運命について大きく舵を切った瞬間でした。

スポンサーリンク



*このブログに関してご質問などがある方は下記の問い合わせフォームをご利用ください。

よろしくお願いいたします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です