上原無期限休業!新恋人の存在で上原姓に戻す傲慢さ森脇家 激怒 !

上原多香子 無期限休業宣言!
むしろ芸能界引退宣言すべきとも思える、彼女の傲慢不羈な態度。
彼女は人として、命を軽んじすぎた。
彼女は人として、家族の思いやりを踏み躙った。
だからこそ、受けた手痛いしっぺ返し。
森脇家の暴露の苦悩は、推察して余りある!

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上原多香子 人として最悪!破廉恥な恋に溺れて人の憐憫を踏み躙る!

上原と俳優・阿部力(35才)の交際が発覚し、阿部力の名がTENNさんの遺書に書かれていた。

この“不倫”が発覚したのは、TENNさんの遺書とそれを裏付ける2人のLINEのやり取りがあったからだ。

そして、それは思わぬところから人目に知るところとなった。

2014年10月22日、最初の月命日を前にして、上原と両親はTENNさんの遺骨を分骨。その際、上原は、TENNさんの母・和子さん(仮名)にTENNさんのスマホを渡したという。

「月命日当日、両親と多香子さんの3人で兄の好物だったすき焼きを食べに行ったそうです。その翌日、“思い出の写真も入ってるやろう”と、母が兄のスマホを覗いたんです。そこには、多香子さんとある男性とのLINEのやりとりやふたりの写真などが保存されていました。それは期せずして多香子さんのスマホを見てしまった兄が、その画面を撮影した ものでした。」

それによると、上原は揺れ動く苦悩の気持ちを、阿部力にあて、切々とこんな風に送っている。

上原《私はそんなに器用じゃなくて、、旦那さんとの生活を続けながら、トントンを想い続けること、トントンに想いがすべて行ってる中、騙し騙し旦那さんと居ることが、やっぱり出来ないです。(中略)今すぐにでも、すべて捨ててトントンの元へ行きたいです。だけど、私ももう大人、、いろんな問題があるし、私だけの想いでトントンに迷惑はかけられません。今すぐは難しいかもしれないけど、私も少し大人になって、ちょっとずつ、旦那さんと別の道を歩めるようにします。こんな気持ちでは絶対に旦那さんに戻れない。》

この時まで森脇家の家族は、TENNさんの遺書にあった通り、阿部力との不倫は把握していた。

ところが彼の月命日に、本来自分に後ろめたさがあれば、TENNさんのスマホのSNS等に自分の不倫のことが書かれている可能性を含めて、細心の注意を払うべきところが、彼女は無造作に亡き夫のスマホをTENNさんの母親に差し出したのだ。

この時、肉親を自死という形で見送らなけれはならなかった家族の苦悩はいかばかりかと想像できる。

その原因が、遺書に書かれた通りのことが、より立体的に肉親の脳裏に焼きついた時、どれほどの不憫さを我が息子に対して感じたことだろう。

それを思うと第三者ですら泣けてくる。

だが、この事実を知った時ですら、亡き夫の上原への気遣いを思い、ここで反旗を翻すのは息子の本意ではないと、堪えに堪えた家族の存在があったのである。

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森脇多香子 一転して上原多香子へ 性懲りも無く新恋人との結婚を夢想!

その時以降、上原は確かに亡き夫の為喪に服し、阿部力との関係も絶ったのだったが、そこからほぼ3年と立たないタイミングで、森脇家に対する背信的行為を打って出る。

3回忌のある半年以上前、上原の今後を心配した森脇家が彼女に対し、森脇の姓を捨てたらどうかと打診をしたらしい。

これに対して、上原はきっぱりと森脇姓であり続けることを宣言したのだという。

ところが、そらから数ヶ月。

森脇姓であり続けるを簡単に放棄しようとしたのである。

その理由が、埒はない、新たな恋人、こうかずや(40)との交際が露見したからだというのだ。

確かに彼との交際は真剣で、結婚したい相手だったのかもしれない。

だが、森脇姓を名乗り続ける意志を明かしてまだ数ヶ月というのに、そんな年端のいかない少女でもあるまいし、前言を撤回してのめり込むほどの恋愛であったかということである。

この女には世間体というものがないのか。

あるいは、人がこういうことをしたら相手がどう思うかについての判断が微塵もないのか。

さらにである。

阿部力との交際を認めた上で、森脇家に対して慰謝料ともいうべき交換条件を提示したというのだ。

森脇家にとって、これほどの屈辱はなかったかもしれない。

結婚当時、二人の関係は格差婚とも言われ続けていた。

共に芸能人とはいえ、上原は、当時一世を風靡した『SPEED』のメンバーである。

ミュージシャンとしてまだ駆け出しだったTENNさんとは格が違いすぎることを周囲から言われ続けた。

家族の負い目はきっとそんなのところにもあったであろう。

上原は森脇家にとって、家族とはいえ別格と。

芸能界の向きには、まだ小学生の頃から芸能界入りして、一躍スポットライトを浴びてしまった彼女らに、常識的判断を身につけるタイミングがなかったと。

でもそれをいうなら、彼女らのおかげで生きる力を身につけた当時のファンたちは、今度のことを等分に負を分け合わなければならないのだろうか。

若者をスターダズムに伸し上げていくことの不毛さを、改めて考えさせられる出来事である。(おしまい)

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