義家ひろゆき 土下座!激戦神奈川16区で最後の願い!

衆院選に向けて、壮絶な闘いが繰り広げられている。
噂では全国で一番開票が遅れ、縺れる選挙区として目されている神奈川16区。
この選挙区を、希望の党のごとう祐一氏と自民党の義家ひろゆき氏が争っている。
投票まで2週間をきる選挙戦が始まった。それぞれの場所で決起、奮起を促す、選挙に絡む人たちがいる。
二人の宿命の対決はどうなるのか?
彼らのこれまでと今後を占う。


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ごとう祐一と義家ひろゆき 二人の宿命に終止符を打つ!五分の闘いに勝つのはどっち?

これまでの戦績は、互いに1勝1敗の五分。

まず、2012年 第46回衆院選で、ごとう祐一氏が民主党公認、国民新党推薦を受け立候補する。

この時、参議院で力を蓄え彗星の如く現れた自民の義家ひろゆき氏に、8000票足らずで敗れることになる。ただしこの際、比例代表により復活を果たして当選。

逆に、2014年 第47回衆院選では、義家ひろゆき候補は1489票の僅差で敗北し、ごとう祐一氏が小選挙区を制している。ちなみにこの時、義家ひろゆき候補は比例代表により復活当選(前回と全く立場が逆)を果たしている。

何しろ、闘うたびごとに結果がシーソーのように振れていく二人の選挙戦である。

明日のことは何も分からない、そんな激戦の神奈川16区。

義家氏は、この2014年12月14日を『全てはこの日から始まった。』と位置付けている。

彼はどの場面の集まりにおいても、この2014年12月14日のことに必ず触れる。

この日を境に義家ひろゆきは変わったのだと言い切る自分がいる。

その日は、前述のように、第47回衆議院議員総選挙の投票日だ。

激戦区と言われる神奈川16区は、夜中の0時を回って、漸く大勢に形がつけられるといういわゆる激戦区中の激戦区である。

結果から言えば、義家氏は僅か1489票という得票差で、激戦区16区の小選挙区を落としてしまうのである。

何が足りなかったのか。このような結果を招いてしまった原因は自分のどこにあったのか。

敗北した夜、彼は一睡もせず、みすぼらしい敗者の自分を思ったに違いない。

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義家ひろゆき 背水の陣!かつての自分を恥じ ドブ板選挙に臨む!誰も分からない16区!

義家ひろゆき氏はこういう。

平成26年12月14日までの私は、国会議員としての国政での活動・活躍と、代議士としての地元での活動・活躍は、車の両輪である、どちらが欠けていても前に進むことができない大事なもので、両立させることこそが衆議院議員としてもっとも大切なことだとそう頑なに信じ皆様と共に汗を重ねてきました。

しかしそれは大いなる勘違いでした。

たとえ与党にいて、どんなに責任ある仕事を任せていただける機会が仮にあったとしても、皆様方をはじめとする地元の一人一人の1票が集まり、国会へと送り出していただかなければ、何一つ成し遂げることなど出来ないやしない。

国政と地元の関係は車の両輪などでは決してない。

それは、地域の汗に立脚した地域の想いに立脚した、縦の関係であると、その時思ったんです。

まさにそのことを、表面上の建前や字面だけではなく、心の底から痛感した日が平成26年12月14日という日なんです。

私はいてもたってもいられず、真っ直ぐに駅に向かいました。そして月曜日の朝に、敗北が確定してからまだ数時間しか経ったいない月曜日の朝に、決してこの想いを忘れることのないよう、毎週駅に立ち続けようと、心に誓ったんです。

弱い自分だから台風が来たり雪が降ったりしたら逃げ出すかもしれない。でも、何があろうとも毎週月曜日に立ち続けよう、額に汗して責任へと向かう皆様に、心を込めてご挨拶していくことをその時、心に誓ったんです。

そのことに気づけた義家氏の飛躍はその時から始まる。

彼はその後、2年余りの間、文部科学副大臣を務め、その名を轟かすことになる。

その原点の日があの日、2014年12月14日なのである。

この日を境に、彼はどんなに多忙さがあろうとも、徹底的に地に足をつけ、有権者の懐に飛び込み、2年10か月、1030日を刻んでいった。

朝の駅頭、本厚木で週スタートする街頭演説は、トータルで148回を数え、本厚木以外でもどんな山間僻地でも、ローテーションを組み、早朝から駅頭に立ち続け、額に汗して有権者との絆を結んでいったのである。

あの日以来の集大成、総決算こそ、義家氏にとっての今回の選挙であり、有権者の力によって育まれ伸ばし得た枝でもって、優しい光を作り、多くの人々を包めるか否かが問われている選挙が今回の選挙だと彼は認識しているのである。

もう一つ、義家氏は印象的なことを述べている。

彼の言葉を借りるとこうだ。

この選挙戦の経緯で大変悲しい言葉がございました。

希望の党代表の小池百合子氏の言葉でございます。

排除したしますという言葉がありました。民進党からすべて受け入れるつもりはさらさらありません。それはそれで結構です。

しかし、野党第一党の党首代表が、政権選択選挙において、排除という言葉を使ったことに私は驚きを禁じえませんでした。

例えばこの厚木でも、義家は嫌いだっていう方は一杯いらっしゃると思います。義家の政策も嫌いだし、自公連立政権の方策じゃない方がいいと、支持していただけない方も一杯いらっしゃいます。

それは当然です。

しかし、私たち政治家というものは、自分を嫌っている人であろうとも、自分と政策を異にする人であろうとも、この手で守らなければならないのです。それが政権選択選挙に臨む政治家の覚悟でなければならないのです。

自衛隊の皆さま、時に憲法学者や共産党から憲法違反だといわれます。その言葉にどれだけ傷ついておられるでしょう。

しかし、東日本大震災の時の復興・復旧、たとえあなたたちは憲法違反だといわれても、暴力装置などという心ない言葉にさらされても、自衛官の皆さんは、額に汗し全てを賭けて、人々を守ってこられたのです。

テレビをつければ何ミリシーベル、危険だ危険だと言っている最中にあって、福島で災害救助に当たり続けたのです。自衛隊も我々政治家も排除ではなくあらゆるものを包摂し、この国の笑顔を幸せを守ることこそが最も大きな責任でございます。

今私たちこの県央にはさまざまな成長の基盤があります。それを未来へと繋いでいくことを今回の政権選択選挙の争点であります。止めてしまうのか、完成させるのか、それも問われる選挙でございます。

演説の結びで使う印象的な話題は、誰の演説の内容よりも秀逸だ。

文部科学副大臣を務めさせていただき、2期およそ2年務めさていただいた中で、ひとつ史上初の試みをいたしました。

甲子園の始球式は私が担当でございました。こんな提案をしたんです。

全国生放送をされる中で、私のようなおじさんがマウンドに立って投げるんじゃなく、甲子園に出たくても出たくても出たくても出ることがかなわない、体にハンディキャップを持っている、それでも野球をすることが諦められない。そんな球児に私はその1球を託したい、そう提案させていただきました。

主催の毎日新聞社も高野連も、その申し出に賛成してくれました。

5万人の観衆が見守る中、障害を持ちながらも野球を続けてきた少年に、マウンドでの1球を託します。

5万人の聴衆は一瞬静まり返りました。

そしてすべての目が彼に注がれ、彼はそれまでの野球人生の中で最高の、そして渾身の1球をキャッチャーに投げ込んだのです。

その時でした、うぉーという地鳴りのような感嘆と拍手が彼を包み込んだのは。

付託していただいた権限や権力は、本当に助けを必要としている、支えを必要としている皆様のために使ってまいります。

国家を担う政治家というものは、すべからく盤石の地盤を有していなければならない。

そうでなければ、仮に首相を務めたとしても、その次の選挙の当選もおぼつかないようでは、容易に解散総選挙に打って出ることもできない。

要は政局を担うことなど一切できなくなる。

彼が気づいたことは、民主主義の原点ともいうべき当たり前のこと。

だが、どの議員も分かっているようで分かっていない。

それは投票によって、その権限や権力を有権者から付託されているという事実である。

彼はこう言った。

たとえ与党にいて、どんなに責任ある仕事を任せていただける機会が仮にあったとしても、皆様方をはじめとする地元の一人一人の1票が集まり、国会へと送り出していただかなければ、何一つ成し遂げることなど出来ないやしない。

国政と地元の関係は車の両輪などでは決してない。

それは地域の汗に立脚した地域の想いに立脚した、縦の関係であると。

義家ひろゆき氏は現在、徹底的な地上戦、ドブ板を愚直に繰り返す毎日である。

それはかつて、ごとう祐一氏が8000票余りで義家ひろゆき氏に負けたときに教訓とした行動そのものであった。

義家ひろゆき氏は、今、公民館クラスの小さな集会所の演説であっても精力的にこなしている。

開票結果が、午前0時にまで及ぶこの神奈川16区という激戦区。

彼は決起大会の際、自分のプライドを投げ打って、1000人を超える有権者の前で土下座した。

演技・演出だとしてもなかなかそこまでのことが容易にできるものではない。

いや、演技ではあるまい。

なぜなら、この選挙戦にもし敗北したならば、つまりは小選挙区で勝利しなければ、例え比例復活を果たしたとしても、次回の選挙で彼は国替え(立候補地を変更)するか、参議院に逆戻りかの憂き目が待っているのである。

義家ひろゆき氏は、既に背水の陣の覚悟でこの選挙戦に臨んでいる。

かつてごとう祐一陣営から、落下傘、落下傘!と揶揄され続けた義家氏は、いまごとう祐一氏を凌ぐ地上戦を展開している。

選挙びととしての覚悟を披瀝した男と、当選以来、地元でのドブ板を愚直に繰り返してきた男の二人。

果たして、最後に有権者の心を鷲掴みにするのはどっちだ?(おしまい)

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